< 本の紹介 >

自然観察にかかわるおすすめの書籍を紹介します。


全農教/観察と発見シリーズ
樹木博士入門


小幡和男・岩瀬徹・川名興・飯島和子・宮本卓也/共著
全国農村教育協会、2020年3月10日発行
B5判、256ページ、定価:2,900円+税
本書の詳しい内容(PDF) ⇒ 


樹木を改めて観察したくなる写真図鑑

ずいぶんと贅沢な本である。樹木観察に関するあらゆる知見を貪欲に呑み込んでいる。
情報は多岐にわたるがよく整理されており、この一冊で樹木全体を基礎から応用までしっかり学ぶことができる。

本書の特徴の一つは、目の前にある樹木を読者の目線で観察していることである。
初めて樹木に接した時の感動や素朴な疑問、不思議に思ったことなどを胸に秘めながら、ベテランの著者らが初心にかえって疑問に向き合っている、そんな姿が読者にひしひしと伝わってくる。

特徴のもう一つは、「樹木の本」でありながら、樹木に留まらないことだ。
昆虫や鳥、リスやサルなどの動物にとって、命と生活を支える基盤は植物である。植物あっての動物である。食料として、休息の場として、あるいは危険から逃れるシェルターとして、動物にとって植物の知識は必須である。動物観察に興味のある人にとっても待望の書と言ってよいだろう。

情報過多のネット社会では、情報は玉石混合である。求められているのは信頼のおける情報なのだが、選球眼が難しい。その点で本書のクオリティーの高さは折り紙つきである。内容も用語も吟味されており、読者にとってこれほど安心できるテキストはないだろう。

かつて「ノイバラ」と「テリハノイバラ」の托葉のちがいに悩んだことがある。図鑑には「歯裂状」と「鋸歯縁」のちがいと書いてあった。初心者にとって分かるはずがない。
それが本書を見れば一目瞭然なのである。

『樹木博士入門』p158
「バラ科の低木や小低木」ノイバラ、テリハノイバラのページ

すっきりする。「手抜きのないこだわりの写真」は見事である。かゆいところに手が届いている、と言ってもいいだろう。植物に興味を持っている人、これから学ぼうとする人、近くに指導者がいない人にとって、本書は実に頼りになるアシスタントである。

秋~冬、ヒヨドリがピラカンサの果実を食べるシーンをよく見かける。さて、フィールドノートに「ピラカンサ」と記すか「トキワサンザシ」とすべきか。あるいは「タチバナモドキ」としたものか迷うことがある。本書は、こうした日常的な疑問にもていねいに応えてくれる(→p159)。

「こんな観察をしてみたい」「これは観察会で話してみたい」と思うような内容が随所にみられる。「シロダモやモミの葉の寿命」の観察もその一つである。

『『樹木博士入門』p26
「葉の交代を見る/常緑樹の葉の寿命を考える」より

コブシは、本書で樹木の四季をあらわすシンボルとして、また本文への導入として巻頭に取り上げられている。さらに本文では、冬芽(葉芽と花芽)の展開、花のつくり、花から果実など詳細な観察がなされている()。
自然観察大学の定例観察会でも話題になった「なかなか見つからないヒマラヤスギの雌花序」も、何シーズンもかけて突き止めている(p79*)。

「自分でもやってみたい」と思う実験も紹介されている。「アオキで確かめる肥大生長」(p46-47*)、「エゴノキの 石けん」(p201、自然観察大学ブログを参照 ⇒ )などだ。

また、人々の暮しと樹木の利用のページも見逃せない。「コルクとコルクガシ」(p52)、「コウゾの栽培と和紙」(p124-125)、「ウツギの釘」(p146)、「ムクロジの遊び」(p175)、「ウルシの栽培と利用」(p178-179)、「シュロの利用」(p243)など。次世代の若者たちにぜひ伝えておきたい。

「ずいぶんと贅沢な本である」と冒頭で記した。とても紹介しきれるものではない。

これから植物を観察してみたい方、植物愛好家はもとより、自然観察会の指導者、学校教育や社会教育に携わる先生、学生など、一人でも多くの人に本書を推薦したい。

2020年3月 自然観察大学学長 唐沢孝一

【注】 * 印の具体的な内容については「樹木観察の面白さ-『樹木博士入門』発刊記念-」室内講習会レポートを参照ください ⇒

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樹木観察の手引書として
魅力あふれる1冊

本書は樹木観察のため、そして樹木を理解するための、すぐれた手引書です。
著者たちは植物観察を続けてきた専門家で、本書のために長い歳月を費やしたそうですが、それは、ていねいな解説と妥協のない写真からも十分に伝わってきます。

第1章の「木の形とくらし」では、植物としての樹木とはどういうものかについてまとめられています。根、茎、葉、冬芽、花から実といった基本的なことはもちろん、見過ごしがちな視点を随所に示してくれています。
各部分の仕組みや構造については、細部の拡大写真や茎の断面写真などを使用し、ていねいに説明してあります。また、茎の成長や葉の交代といった動きのある事象も写真で紹介してあります。たとえば、冬芽の展開では、ケヤキや、ニワトコ、クロモジ、ハナミズキなどのさまざまなパターンの連続写真がふんだんに掲載されています。
教科書的な内容にとどまることなく、観察の視点を示した樹木の事典と言えるでしょう。

『樹木博士入門』p32-33「冬芽とその展開」より


第2章の「身近な木の観察図鑑」では樹種ごとの樹皮や葉、花や果実などの写真だけでなく、必要に応じて各部の拡大写真を掲載し、種の特徴が分かるようなっています。
また、この第2章でも観察の視点を示したものが豊富に掲載され、それがこの本の特徴となっています。
たとえばムクロジの項を見てみましょう。
ムクロジの葉は羽状複葉ですが、小葉の数が偶数か奇数か、興味深く検証をしています。
また果実は独特の形をしていますが、それがどのようにして成長してああなるのか、その過程をていねいに観察しています。
もちろん、ムクロジによるシャボン玉のように、自然観察大学の観察会で話題にされたことも、随所に紹介されていて、ついうれしくなります。

『樹木博士入門』p174-175「ムクロジ」より

他の本では見られない写真や、特徴をとらえた豊富な写真を使ってあり、見ているだけでも楽しく、いつもそばに置いてページをめくりたくなるような、著者の方々の思いが伝わってくる1冊です。

2020年3月 自然観察大学講師 金林和裕

● 自然観察大学では『樹木博士入門』の発刊を記念した室内講習会がありました。
次でご覧いただけます。

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