< 本の紹介 >

自然観察にかかわるおすすめの書籍を紹介します。


カラー版 中公新書
クモの世界 ―糸をあやつる8本脚の狩人


浅間茂/著
中央公論新社、2022年4月25日発行
新書判、192ページ、定価:1,000円+税
出版社の紹介 ⇒ 


待望の『クモの世界』の出版を祝して

~クモのネットサーフィンを楽しむ~

クモが面白いと思ったのは見沼田んぼで観察したゴミグモとギンメッキゴミグモが最初だったような気がする。
それまでは有刺鉄線にクモがいるという意識が全くなかったのだが、「皆さん、見えますか、ここにクモがいます」、浅間先生の大きな声を耳にしながらそっと覗き込む。クモの糸にはゴミが付着しているだけ。クモはいない(正確には見つからない)。しかし、ルーペを使ってよくよく見ると脱皮殻などに混じってクモの脚が見えてきた。何とも見事な擬態である。
「この有刺鉄線で網を張っているのはなぜですか?」そう言われてみると、有刺鉄線は林内に入らないように斜面林の下に沿って作られている。林と畑の境に網を張ることにより両者を行き来する飛翔昆虫を捕らえるには絶好の場所であることに気づく。
クモは環境を巧みに利用し、擬態によって身を護りながら、しかも獲物を捕獲するハンターであることにも気づかされた。「クモは面白い」ということを実感した。

ところで、自然観察大学と名乗って第1回の観察会を開いたのは2002年5月。さいたま市の「見沼たんぼ」であった。ということは、ゴミグモの擬態に感動してから20年が経った。爾来、フィールドでの実習を通して実に多くのことを学んできたことになる。クモに関する私の知識の大部分は先生から学んだものである。

この20年間、観察会を通して、ジョロウグモの交接、アリにそっくりなアリグモ、生け垣に棚網を張るクサグモ、鳥の糞にそっくりなトリノフンダマシ、ケヤキの樹皮の下側に隠れているカニグモなど、観察会のたびにクモに関する知識が増えてきた。
しかし、これらはすべて浅間先生方からの耳学問であり体系的でないところが不安であった。クモとは何なのか、何をどう捕らえ、どのように食べるのか。生態系における役割はどうなのか……
クモの世界を知りたいと思って探してみたが、書店に並ぶのは「クモの図鑑」や「クモの特殊な世界」ばかり。クモを捕獲して分類はできても、生態や自然界の役割、あるいは人との関係にまで視野を広げて観察している研究者は少ないのかもしれない。いつかきっと浅間先生が、これまでの蓄積を活かして出版してくれるものと期待していた。

今回、出版された『クモの世界』は、私がずっと探し求めていたクモの本である。クモに関するほぼ全ての知識や観察事例がコンデンスされた待望の書といっても過言ではない。

本書の内容に立ち入ってみよう。章立ては次の1~6章からなる。
第1章「8本脚の狩人」、第2章「多様なライフスタイル」、第3章「驚異の能力」、第4章「食うか食われるか」、第5章「自分の子孫を残すために」、第6章「環境、そして人との関わり」
本書の内容を全ては紹介しきれないが、章立てからも、クモの形態や肉食としての狩り、種やその生態の多様性、繁殖をめぐる興味深い行動と生き残り戦略、そして環境や人との関係など、クモの世界を網羅し、しかも知識が体系的に整理されている力作であることが分かる。

詳細は手にとって、読者各自が読み取っていただきたいのだが、蛇足ながら、私なりの本書利用法~二通りの読み方~を紹介したい。
オーソドックスに目次にそって読むのがその一つ。もう一つは、「索引の利用」である。例えば興味をもったクモがいたら、その和名を索引でチェックし、ページをめくりながら本文に分け入ってみる。

一例として、私がコスカリカで観察した巨大なクモ、「タランチュラ」を索引で見ると「p53、p54、p84、p88」の4か所に分かれている。p54には「世界最大級のクモ、夜行性であり、日中は住居の中でじっとしており、臆病である」「上顎が前に飛び出ている写真が掲載されている。なぜ前に飛び出ているのか?」、そしてp84「トタテグモやジグモと同様に原始的で、上顎は上下にしか動かない、土を掘るのに適している」、p88には「カエルやヤモリ、鳥など大型の獲物も食べる」、といった具合である。これだけで、タランチュラの形態、進化、捕食、生息環境など、知見の幅がぐっと広がってくる。造網性のクモに例えると、目次順に読むのが「たて糸」、索引から斜めに読むのは「よこ糸」である。かくして読者は、本書を通してクモの糸のネットサーフィンの世界を存分に楽しむことができる。

紹介したいことは山ほどあるが、次の二点を記しておきたい。
一つは、私のような素人にもクモがわかるような配慮である。付録の「身近なクモ30種」(カラ―写真)はとても有難い。日本産1700種のクモの中から30種を厳選したものだ。これをベースに自然観察会に臨むことができそうだ。
そしてもう一つ。クモをはじめとしてハチ、アブラムシ、カラス、ムクドリ、雑草などは、世間では嫌われ者扱いされ、「不快生物」のレッテルを張られることがある。しかし、それにもめげず、多くの自然観察大学講師が頑張ってきた。「クモをクモの視点から観察してみよう」との立場である。「カラスをカラスの」「雑草を雑草の」立場から観察してみようと主張してきたのである。
本書の出版により、クモへの偏見が払拭され、実に魅力的な動物であることが再認識されることを期待したい。

2022年4月 自然観察大学学長 唐沢孝一

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